ジェイソン先生ワークショップ・レポート

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このところ続いていた厳しい寒さが、しとしと雨の湿気にほどよくゆるみ、身体と心もほどけるような先週末、静かで優しい温かさに満ちたジェイソン先生のワークショップが、お馴染みの秋谷ヨガハウスで、私達の心に柔らかな光を灯しつつ無事終了しました。

今回は「みんなのためのアシュタンガヨガ」というテーマで、どんなに身体が硬くても、怪我や病気や障害があっても、歳をとっていても、そして人生のどのような転機に見舞われても、誰もがアシュタンガヨガを楽しみ、その恩恵を体感する2日間となりました。

 

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初日のビギナークラスでは、アシュタンガを始めて間もない子育て真っ最中のお母さんや、50代のバリバリ働くお父さん、交通事故で重症を負って間もない方や、自律神経失調症に悩んでらっしゃる方など、参加された方々が、それぞれ様々な環境や条件を抱えながらも、共にマットを並べ、ジェイソン先生から伝わってくるアシュタンガヨガのエッセンスを、身体と心に響かせるように体験していきました。

例えば、高度なポーズや動きのデモンストレーションで、「これがアシュタンガヨガです、これを目指して練習しましょう」と、身体面の鋳型のみを提示されたなら、恐らく私達の大半は萎縮してしまうでしょう。だけど、呼吸と動きを「このように」連動させて、そこから生まれる感覚を「このように」広げていくんですよ・・・、と誰もができるアプローチでアシュタンガヨガの効用を体感させてくれたなら、初めての人でも無理なく自分の身体が赦す範囲で、充分アシュタンガヨガを楽しむことができます。

今回のジェイソン先生のビギナークラスは、まさにそうでした。初めてアシュタンガを経験した、いわゆる「身体の硬い」中年男性陣からは、「キツかった~、シンドかった~」ではなく、「楽しかった~、気持ちよかった!」と、なんとも嬉しい感想をいただきました。

でも、だからといって「全身ストレッチで気分爽快~」というようなユル~い内容だったわけではありません。アシュタンガヨガが、いわゆるフィットネスではない所以を、一番最初に判りやすく私達の心身に落とし込み、その上で実際に体験していけるよう導いてくれました。

たとえば、ウジャイ呼吸。初めての人でも簡単にウジャイ呼吸のキモが体感できるよう指導がなされ、結果的に、よくありがちな「鼻だけで音を立てる軽い呼吸」ではなく、もっと深くて波のように落ち着いた呼吸が、クラスの間中ずっと響き渡っていたのが印象的でした。最近は「ウジャイ呼吸」ではなく「音をたてる呼吸」が指導されるため、軽い呼吸でポーズや動きを優先する傾向にありますが、初心者の方には、まずは深い呼吸と、それに伴う身体の動きとエネルギーの流れを、アシュタンガヨガの基礎として体験していただくことが、とても大事だと思いました。

 

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呼吸と動きの連動に関しても、改めて学ぶことが多かったです。私達は「呼吸と動きが同時に行われること=ビンヤサ」、という知識をもって練習をしますが、気がついたら呼吸が止まったり、過呼吸になっていることが多々あります。それはマインドフルに(常に気づいた状態で)練習をしていない証拠なのですが、今回ジェイソン先生の指導の中で、特に経験者さんから反響が大きかったのが、この呼吸と動きの捉え方のヒントでした。

私達は「呼吸」と「動き」を同時に連動させることは意識しても、アクティブな「呼吸」の範囲内に、「動き」を収めることは殆ど意識しません。具体的には、こんなかんじです。

呼吸:吸い始める

動き:動き始める

動き:動きが止まる

呼吸:吸い終わる

呼吸:吐き始める

動き:動き始める

動き:動きが止まる

呼吸:吐き終わる

実際にやってみると、呼吸が動きを包み込むような感覚です。ポーズとポーズの間の途切れ感がなくなります。まさに、呼吸ありきの練習なのだな、って実感します。「動き始めてから息を吸い始める」ことは少ないかと思いますが、「息を吐ききっても動きがまだ終わらない」事態は、よくありますよね(笑) でも、この「呼吸の範囲に動きを収める」方法で練習してみると、まず無理をしなくなりますし、呼吸そのものの質がどんどん変わっていくようです。

こういった、外側のカタチに惑わされない大切な部分を、しっかりと伝えてくれたジェイソン先生のビギナークラス。このクラスでアシュタンガを始めた方は本当にラッキーですね^^

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他にも色々と深い説明がなされました。

アシュタンガヨガはフィットネスではない、ということ。その効用や目的には、痛みや病気の治癒療法として、さらなる健康と強靭な心身を育てるため、そして神性との深い繋がりを持つため・・・の、3つがある、ということ。

八支則は階段のようなステップではなく、同時に枝葉を広げる意味もあるということ。最初の4支則を行うのがプラクティスであり、残りの4支則はそこから自然に生起するものであり、目的ではないということ。

特に何度も意識するよう強調されていたのは、ヤマの中の「アヒムサ」と「アパリグラハ」でした。肉体的にチャレンジングなアシュタンガヨガに、初めて挑戦した方々にとっては、ことあるごとに「自分の限界を尊重し」「必要以上に足掻かない」ように声をかけられたことで、ただ肉体的に頑張るフィットネスとは違う「何か」を感じとっていただけたのではないかな、と思います。

これまでに何度もビギナークラスを開催しましたが、今回ほど等身大で、地に足のついた、ビギナークラスはなかったような気がします。このビギナークラスに参加された皆さんが、呼吸と動きを通して、自分自身と向き合い、ありのままを受け入れながら、プラクティスそのものを楽しんでいく様子は、とても美しかったです。

 

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さて、2日目のマイソール後は、プラナヤマ&レクチャーのクラスです。

プラナヤマは、一般的なハタヨガクラスで行うマイルドな呼吸法ではなく、シンプルだけどとても深いアシュタンガヨガのプラナヤマの実践でした。

アシュタンガヨガでは、ある程度アサナの練習が進んだ時点で、プラナヤマの練習が推奨されます。最近のマイソールでは、サードシリーズを終えるとプラナヤマの練習が始まるため、高度で難易度が高いと思われがちですが、むかし(故グルジが12名単位で生徒に指導をしていた頃)は、セカンドシリーズを始まるとプラナヤマの練習も始まったそうです。

今回はアシュタンガプラナヤマの4つのシーケンスを、ジェイソン先生と一緒に実践しました。実践中は一切説明がはいりません、ただジェイソン先生に合わせて(手を上げたり下げたりしてサインを出してくれます)、静かに深い深い呼吸を合わせていきます。これはジェイソン先生自身が、ティム先生から教わってきたやり方だそう。グルジからティム先生を通してジェイソン先生へ連綿と伝わってきたものを、ここでこうしてシェアする機会に恵まれたことは、なんかちょっと感動的でもありました。

 

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呼吸困難に陥りそうな(笑)プラナヤマの後は、アサナ・クリニック、そして質疑応答へと、その場の流れに任せるような感じで進んでいきました。

アサナ・クリニックでは、苦手なポースにどうのようにアプローチするか、をテーマにしますが、それがどんなポーズであれ、結局のところ、「その人がどのように苦手ポーズと向き合うのか」が、浮き彫りになってくるようです。

私達は、苦手意識が強すぎたり、理想や目的を高く持ちすぎると、「いまのありのままの自分の状態」を嫌悪したり、逃げ出そうとしたり、無理やり変えようとしてしまいますが、この居心地の悪い状態にあえて留まり、そこでできることを行う大切さを、ジェイソン先生はハッキリと伝えてくれました。

そいえば、マイソールクラスでも感じたのですが、ジェイソン先生の指導は基本的に、苦手な部分にしっかりと向き合って、できるところから土台を築き、焦らずに段階的に何度も繰り返し練習することで、ゆっくりとした変容を促し、そして生徒さんの微細な変化に対して、とても繊細に、そして真摯に寄り添ってくれます。人によってアジャストの仕方が異なるのはもちろんのこと、同じ生徒さんであっても、その時々の状況に応じて微妙に変化があります。

そのくらい私達は、ひとりとして同じものがない、十人十色であり、状況も条件も環境も、常に変化を続けています。この個性をいかに尊重した上で、ヨガというプラクティスを行っていくか、そのために必要な意識はなにか? 今回のジェイソン先生と過ごした2日間で、最も強く伝わってきたメッセージは、ここだったような気がします。

 

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質疑応答の中で、ひとりの生徒さんが尋ねました。

最近大きな怪我をされたと聞きましたが、それをキッカケに、ご自身の練習や、練習に対する意識は、どのように変化しましたか?

ジェイソン先生は、この7月に踵の骨が外に出てしまうほどの複雑骨折をしました。緊急治療の手術や長期療養の肉体的ストレスはもちろんのこと、間もなく生まれる二人目の子供と家族を抱えながら、ヨガの指導者としての収入は絶たれ、高額な医療費を支払うのにも限界があり、まさに目の前真っ暗な状況に立たされ、改めて自分自身の本質の部分に立ち返るキッカケとなったそうです。

 

ヨガは「つなぐ」という意味のユジュという言葉が語源だけれど、今回の事故でボクは、アシュタンガヨガという国を超えた繋がり、そして地元ポートランドのコミュニティに、本当に支えられ、とても助けられたんだ。ボクにとってのヨガは、この繋がりそのものなんだと感じたよ。

事故後は結構早い時期にヨガのプラクティを再開したんだ。もちろんアサナでなくて、プラナヤマと瞑想だけだけどね。現在も痛みが残っているから、ブロックで補助しながら、スタンディングやプライマリーを少しずつやっているよ。でも、どんな状況であれ、ボクは常に自分自身に問いかけてるんだ。

Why do I practice?
What do I really want?

ボクは、なぜプラクティスをするんだろう?いまの自分が本当に欲しているものは何なんだろう?ってね。脚を頭の後ろにかけることが、自分の人生において、そんなに重要なのかな?・・・たぶん、違うよね(笑)

友人の一人がこう言ったんだ、「ヨガは私を少しだけ忍耐強くしてくれる」って・・・、それってすごい素敵なことだと思う。

Why do I practice? What do I really want? いつでも、それを自分に問いかけてみようよ。それは常に変化していくからね。そして選択をするのは、他でもない自分自身なんだからさ。

 

私達の生きる人生には、山もあれば谷もあって、就職、結婚、出産、離婚、退職、病気、怪我、死別・・・さまざまな人生のステージで、奇跡のような出来事もあれば、絶望のドン底もあります。それらはいつも常に変化していて、これまでのアタリマエが一瞬のうちに儚く消え去り、全てを失った空虚に新たな光が射しこんだりします。そんな山谷人生のまっだだ中で、一瞬一瞬の「いまこのとき」に、何故いま自分はコレを行っているのか?いま自分が本当に欲しているのは何か?という問いをもって、うわべだけの体裁や常識に囚われず、自分の内の真実を見つめていくことは、ある意味とてもシンプルで深遠な「生きること」そのものなんだな、と思いました。

今回のジェイソン先生のワークショップでは、ヨガとは?アシュタンガヨガとは?といった堅苦しい枠組みの中の話ではなく、いまを生きる私達の人生において何を大切にするか?という、もっと普遍的な部分に重きをおいたメッセージが、言葉だけでなく、態度や姿勢から、じわじわと伝わってきました。

別にポーズを完璧にするとか、ビンヤサをただしく行うとか、それは重要じゃない。だって、怪我をしている人もいれば、太っている人も、身体のうんと硬い人だっているんだから、見た目だって、全然違ったっていい。だって、肝心なのは、「このプラクティス」をどのように行うか、それを自分でキチンと見極めて実践すること、そのものなんだ、と。

みんなのためのアシュタンガヨガというのは、つまり、そういうことなんだな、と、改めて大切な何かを教わった気がします。

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ジェイソン先生ありがとうございました。ご参加いただいた皆様、そして秋谷ヨガハウスのジュンさん&リビーさん、ありがとうございました。

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