4/29レクチャークラスのまとめ

現代の私たちの心もよう

他人から良い評価を得たり、一目おかれたり、尊敬や羨望されることを目指す
他人より少しでも優れている部分に喜び、少しでも劣っている部分に失望する

自己中心的で、感情的で、理性を忘れやすく、欲が深く、楽しみに耽りがちで、
傲慢で、猜疑心が強く、怒りに覆われることが多く、
他人をジャッジしたり、ときに粗探しをしてしまう。

何が大切なのかが見えず、混乱した状態のため、
価値のないものを追いかけ、不調和でもいいから何かを得ようとし、
自分自身を忙しくして、様々な行いに自分を駆り立てている。

忙しい現代社会を生き抜く私たちの心模様は
欲望・怒り・貪欲さ に感嘆に翻弄され、
自らを痛み・苦しみ・無知という暗闇 へと導いているんだな、と
ヨガの学びを深めると感じるようになります。

もちろん、それは「良い・悪い」とかじゃなくて
ただ、私たちの心は、放っておくと、そういう働きをするものなんだな、と。

たとえば、私たちが行っているヨガのプラクティスについて
ちょっと考えてみましょう

自らの欲望に基づいて行うプラクティス

自身のプラクティスのベースが・・・

スプタクルマーサナがちゃんとできるようになりたい
ジョンスコットみたいに空中浮遊しているようなヴィンヤサが目標!
もっと、しなやかに、もっと深いバックベンドをやりたいなぁ
サラリと落ち着いた、優雅な練習ができるくらい上達したい
ウティタハスタで、バレリーナさんみたいに美しいバランスをとりたい

できるようになりたい、気持ちよくなりたい、ああしたい、こうしたい・・・という欲望

だったり

もう3年もやっているのに、なんでバックベンドがキツイんだろう
肩周りの柔軟性がない自分が情けない
何の苦労もなく気持ちよさそうなAさんは、なんかズルイなぁ
なんで先生はBさんにばかり沢山ポーズをあげるんだろう

自分や周囲に対する憤りや、不満や、怒り、妬み、嫉妬といったネガティブな感情

だったり

前より上達してきた前屈を、もっと深めていきたい
やっとフルプライマリを制覇(!)したので、早くセカンドのポーズを練習したい
柔軟性はまだ無いけど、腕力には自信があるので、ハンドスタンドをやりたいなぁ
昨日より今日、今日より明日、前進あるのみ、プラクティスプラクティスプラクティス!

いまよりも、もっともっと、さらにたくさんのモノを手に入れようとする、貪欲さ

だったりと


「いつか」に目をむけることで、自分じゃない「なにか」を求めることで
「いまここ」にある自分の状態を否定する限り
サットヴァな練習からは、どんどん離れていきます。

目を向けるべきは、ありのままの、まっさらな、「今、この瞬間」の自分自身。
この一瞬一瞬が紡がれて、ヴィンヤサとなり、練習が、日々の暮らしが、人生が流れていくのですから。

ヨガマットを抱えて街を歩き
エコでピースフルなアレコレに傾倒して
マクロビやローフードにハマり
ルルレモンやビープレのウェアを何枚も買って
キノマクレガーみたいなアクロバティックなポーズにあこがれ
イケメンの指導者に胸をときめかせ
ポーズをきめた写真をブログにアップしたり
自分自身がイケてると思う、素敵だと思う

・・・それも、全然アリです、オッケーです

ただ、それはとても、刹那的な、世俗的な、空しい、華やかさ。
とても、ラジャスで、強欲や、エゴを優先させた、行為だと思います。

でも、そこに喜びを見出すのが、生きがいの人生もあります。
アルタやカーマを求める生き方です。
全然オッケーです、むしろ、現代社会では、それがデフォルトです。


だって、現代ヨーガ文明とは、そういうものです。

だけど、そこに、なんらかの違和感を感じて

ほんとうの自分ってなんだろう?
ヨガってほんとうは、なんなんだろう?
単なる、若くてキレイな人が、カッコイイポーズを見せることがヨガなのかな?

そう感じたとき、その直感的なものを信じてあげてください。

そして、そこから、ヨガの道が始まるんじゃないかな、と思います。

よりよく生きるために、ヨガの道を歩むためには
1週間の食費が飛ぶようなブランドもののヨガパンツは必要ありません
家賃よりも高い投資をして手に入れる資格の証明書もいりません
家族と仕事を健康を犠牲にして、毎朝マットの上に立つことも不要です

あなたが、この世界をどうとらえるか?
そして、どのように寄り添って、調和を保ち、生きていくか?
そのための指針となる、自分自身は、どうあるべきか?

たぶん、こっちのほうが、ずっと大切。

70歳を超えて、肉体も精神も老い、確実に死に向かって歩む、その日々の中にも
5歳のときの無垢で純粋な、キラキラとした瞳で、ワクワクと世界を見つめていたときの、あのときと同じまなざしで、同じこころで、ゆらぎなく、自分の心の真ん中に、衰えることのない光の輝きを、宿らせていることができたなら

多分それは、どんな教えよりも、言葉よりも、ましてやヨガのポーズがどうとか、バンダがどうとか、そんな上っ面だけのヨガよりも、もっともっと、ヨガ的な真実を内包しているんだと、私はそう思います。

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